かつて下田温泉には「ムラユ」と地元で呼ばれる公衆浴場がありました。
時代も明治となると、その「ムラユ」近辺に旅館が立ち並びます。
私が六代目として継いだ「旅館 伊賀屋」はその頃の創業であり、今ある下田の旅館では最も古い旅館です。
この写真は昭和初期の伊賀屋。
左端の軍服姿の男性は私の叔父で、伊賀屋四代目、右から二番目のスーツ姿の男性が私の祖父で、伊賀屋の三代目。
私は、祖父に似ているとよく言われます。
中央の男性は当時、天草の港湾事業を仕切っていた実業家です。

明治のころは「旅人御宿」という看板が、各旅館名の頭についていました。
加えてもう一つ看板に書かれていたのが「外湯旅館（そとゆりょかん）」という呼び名です。
つまりそれぞれの旅館はまだ自家泉源を持たず、旅館内には温泉がなく、旅館外の温泉、自然湧出する「ムラユ」の温泉を利用していたからです。
その後、昭和になって自家泉源を持つようになり、「内湯旅館」という呼び名が旅館の看板に書かれるようになります。

六代目の幼いころ、五代目が切り盛りしていたころは正面玄関は下田温泉神社から伸びている道にありました。
車社会になり、下田温泉のメインストリートが変化したことで伊賀屋の玄関を今の場所に変えました。

六代目が継いだ直後の伊賀屋。
写真では分かりづらいですが、メキシコや南イタリアを思わせるピンク色の外観で、下田温泉街でとても目立っていました。
当時は「花の宿　旅館 伊賀屋」とし、バラ風呂が名物でした。
これは今でも続いており、あちこちの旅館さんもやられておりますが当時は温泉にバラの花を浮かべるというのは、とても珍しいことでした。